2006年11月14日
カニ食いすぎてお腹がピー?
昨日、久方ぶりのズワイガニを馳走になった。
生きているのを蒸して食べたのだが食いすぎたせいか
今日は胸がむかむか、しばらく経つと急降下だった。
だが、他の人はなんとも無いので私だけ罰が当たったのかも。
でもカニは美味かった。
腰は痛いは腹はこわすは、今週はついていない。
2006年11月12日
掲示板の雰囲気を感じ取る
BBSの投稿もある程度周りの雰囲気を感じ取って投稿を行わなければ
他の人が投稿し辛くなる。その辺は投稿する人はひとりよがりでは
いけない。また、管理人もそのあたりを上手く対応する事だろう。
自分のHPやBlogを立ち上げていて、且つ既に同じ記事を書いているにも関わらず
それに飽き足らずその記事をマルチ的に他のBBSなどに投稿する事の意味は
何なのか?しかも常連である人たちのBBSに巡回してそこに同じような投稿を
繰り返す。結局のところ、周りお構い無しの単なる自己満足だ。
管理人は単なる社交辞令ばかりで対応する事は決して良い結果にならない。
褒め言葉をそのまま鵜呑みにし、ただ単に調子に乗る輩もいる。
自分の投稿に酔いしれるならまだしも他人の投稿に便乗し皮肉まがいな事を書く。
今まで色んな人が違った発言をしていたBBSが一人よがりの
人間一人に独占されては他の人は出にくいものである。
人とコミュニケーションをとるなら皮肉らず相手の意見をきちんと聞く耳を持つべきだ。
しかし、投稿自体、嫌味ではあるがさほど悪意は無いことは分かるのだが・・・。
本来、投稿する人間が雰囲気を汲み取って同じ内容の投稿は慎むべきである。
何でも「バランス」が重要だ。
既にBBSの存在価値も無いに等しい現状だ。荒らしと呼べるほど悪意のない投稿、
その対応に苦慮する管理人の様子はよく分かるが、実際疲れないだろうか?
人間出来ていない私にはそんな対応はできやしない。
2006年11月07日
「ガラスの50代」
今日、外回りの車内で私は、自分の手を眺め、ちょっと前は、
まだまだ、すべすべした綺麗な手だったのに、なんて吐露したら
相方が「ガラスの10代」よろしく、「ガラスの50代」だ。なんて
笑って言うのだ。相方は手が荒れていようが全然気にもしないのだ。
「ガラスの50代」か・・・まぁ、そうかもしれない。
だが大きな間違いは、私はまだ50代じゃないのだ。
2006年10月15日
逃げなくていいのに・・・
土曜日の昼下がりウォーキングに行く。帰り道、自宅近くで相方が「あ!」と
大きな声を上げた。一瞬なんだろう?と思った。見ると道路と田んぼの境目辺り
にうずくまっている犬がいた。私たちに驚いて犬は道路を横切り逃げていった。
車が来る。一瞬危ないと思ったが犬は刈り取った稲の少し伸びた稲穂の陰に
隠れるようにうずくまった。
怪我はしていないようで安心したが逃げなくてもいいのに・・・。
その犬は雑種ではないようでポインターに似た犬だ。犬種は私には分からない。
汚れて随分やせている。餌も満足に食べていないのだろう。
そして人間に恐らく虐待を受けていたのだろう。
人間を恐れている様子だ。あのままだときっと衰弱して死んでいしまう。
でも逃げてしまってはどうすることも出来ない。かといって私達が飼って
あげられる訳でもない。でもせめて餌や水くらいあげられるのだが・・・。
あの犬にとって飢えより人間の怖さが先走るのだろうか?
いつもこんな光景を見るたび飼い主はなんて人間だろうと腹立たしく思う。
かつては可愛がってもらった事もあっただろう。どういう経緯か分からないが
あの痩せた犬を見ていると人間はなんて罪な生き物だろうと悲しくなる。
一人一人の飼い主が愛情と責任を持って飼えば悲しい動物たちは
いなくなるだろうに・・・。動物を飼う資格のない間たちの大罪を断罪すべきだと思う。
しかし、今はそんな事より、あの犬がどこかで食べ物を見つけらる事を
祈らずにはいられない。
2006年10月12日
半年ぶりの床屋とディナーショー
木曜日は、某保険会社が主催するディナーショーに行った。
その前に半年ぶりに床屋へも行った。運動も兼ねて自転車で7km
ほどペダルをこいで行く。床屋への道のり、支払いがあったので
コンビにへ寄る。手続きはへんてこりんな機械で行う。
ところがその機械には先客(若い女性)がいた。なにやらコンサートのチケットを
申し込もうとしていた。ちょっとのぞくとこれまたなにやらへんてこな名前の
ロックバンド。待っていたが中々終わらず。
後ろでずっと待っている私に気が付いているのか知らん振りしているのか
チケットをゲットできるまで頑張っているようだ。
私は2分、3分で終わるのだから、譲ってくれないかと淡い期待をしたが
見事に無視された。次第にむかむかしてきた。咳払いなどをして「はよせい!」
と心の中で叫んだ。結局いつまで経っても終わる様子がなく、私はむかつくも
そのばを立ち去った。もし自分だったら時間が掛かるのだから絶対待っている
人に「お先にどうぞ」と譲るだろう。昨今の人は人への思いやりなど
あったものではない。床屋へ行く前に凄くむかついた出来事だった。
結局散髪が終わって改めてそのコンビに寄り、へんてこりんな機械で
手続きを終えた。あの女性はきっとチケットなんかゲットできなかったに違
いない。絶対そうだ!
そんなこんなで夕方保険屋のおねえさんと私たちはディナーショーに出掛けた。
ゲストは、知らない物まね芸人。
以前招待されたディナーショーでは結構面白い芸人さんだったので期待したが
あまりぱっとしない感じだった。しかし、それなりに楽しめた。食事は少し少なめだったのが
物足りなくて残念だった。でも招待してくれた保険のおねえさんの自腹だそうだから
二人を招待してくれて有難く思った。
2006年10月06日
雨漏り修理
昨日業者の方から雨漏りに関して連絡があった。
雨漏り箇所は特定できたが、他にも漏れる可能性のある部位が
あるそうだ。まぁ、30年以上も経っている家だからガタもきているだろう。
それで見積もりだが、屋根を葺き替えると約30万円だそうだ。
補修修理だと3万円だ。
これに関しては安いと思った。ちょっと迷ったが現金30万円がない^_^;
結局補修で済ますことにした。
今日は千葉は朝から雨だ。借家の雨漏りは大丈夫だろうか?
一応業者はそれを想定して屋根にシートを張ったそうだが・・・。
2006年10月03日
店子から電話が来る時は・・・
私にとってはいい話ではない。(-_-;)やっぱりだった・・・。
また雨漏りがするらしい。今度は違う箇所らしい。古い家だからなぁ・・・。
また出費だと思うと頭が痛い。一体幾ら掛かるんだろう?
以前修理をやってもらった業者に電話をした。一人で切り盛りしている
業者のようで、私からの電話にきょとんとしている感じだった。
これで商売なるか?自分の会社名を普段使わないのか?
私が会社の名前を言ったのに変な反応だった。多分名ばかりで
店を構えていないのだろう。屋号だけって感じ。
他の業者も思い当たらないので、とりあえず見てもらって見積もりだして
貰うつもりだ。しかし、収入の少なくなった私に追い討ちをかけるような
屋根の雨漏り・・・。
修理ばかり続くなら、家賃値下げしなきゃ良かったかなぁ。
敷金、礼金何も貰っていないのにさ(笑)
2006年09月21日
血液型性格診断は“ニセ科学”
20日の朝日新聞の夕刊「かがく批評室」の記事にニセ科学の代表的な
例として「血液型性格診断」を挙げていた。大阪大学教授の菊池誠という
先生の記事だ。
だがこれを科学と思っている人がはて?相当数いるのか?と言う疑問を私は持つ。
少なくとも私は先に書いたが、血液型性格診断はにわかに信じがたいという意見だ。
根拠はと言うと特にない(笑)
確かにニセ科学の類は世に蔓延っていると思う。他の例でもアルカリイオン水
なども挙げているが、実体のない物は怪しいと思ったほうがよさそうだ。
物事は科学的とひと括りにしてしまう事で解決できる物でもないと思うが
科学者と言う人たちは曖昧を良しとしない。○か×の答えを証明し求めるのが
科学者なのだろう。論理的な立証ができないものは非科学的なのだろう。
だが科学者が立証できない科学はどう解釈すればいいのだろう?
それもニセ科学なのか?世の中には科学ではまだ解明されない事が
沢山あるが、それについてはどう説明するのだろう。水について本当に科学的に
解明し尽くされているのだろうか?と知らない私は考えるのだ。
身近に科学の実感がない一庶民にとって、ニセ科学が何なのか判断ができない。
アルカリイオン水にしろ各メーカーで数多くその機械が売り出されている。
全く効果のな物であるなら科学者はそのメーカーを効果のない物を売る詐欺集団
として告発するくらいの事をしたらどうかと思う。
おそらく一般庶民もその事で科学とはなんだ?と少しは関心が向くだろう。
だが、科学者を気取る人間の中にもニセ科学者も居たりして、もっともらしく
科学を語るとこれまた一般庶民には分かりはしないかもしれない。
科学で証明できない事、誰かが書いた論文をあてに「科学」を論じている
科学者に科学の進歩もないと思うぞ。世の中不思議な事ばかりだ。
血液型性格診断を非科学的と言う科学者は人としてネタの面白さくだらなさを
知らない人間じゃないかなぁ。あんなものは1つのネタと思えばいいのでは
ないだろうか。